窯主エッセイ 『父 青木龍山』 二人三脚
『父 青木龍山』 二人三脚 PDF 印刷 Eメール
作者: 青木 清高   
2011年 9月 25日(日曜日) 00:00

 昭和45年頃~平成21年頃 

 

第五話(全六話)

二人三脚

 

写真:「豊」シリーズ発表時代の龍山 昭和50年

父は、日展特選受賞後、「豊和」、「豊延」、「豊容」、と次々に生涯の傑作とも言える作品を発表してゆきました。晩年、母は展示場を訪れたお客さんを前に、身振り手振りを交えながら、その頃の作品ができるまでのエピソードを、まるで昨日のことのように説明していました。私は、また始まったか、位にしか思っていませんでしたが、今思えばもっとちゃんと聞いておけば良かったと、とても後悔しています。家族の苦労があってまたいろんな人たちの温情があったからこそ、誕生した作品ばかりです。

だから、これらの作品をどれだけ苦しくても売却せず、我が家に残そうと務めた両親の気持ちは良く理解できます。あまりにも思い出が多すぎるのです。

 

 

写真:「豊」シリーズ発表時代の龍山 昭和60年

父が日本芸術院会員に、任命されたとき、母は新聞の取材を受けました。表舞台に滅多に出てこない人でしたがそのインタビューの中で、これ迄を振り返り、「貧乏はしましたけど、決して惨めではなかったです、できれば、もう一度あの頃の体力に戻って主人の作品づくりのお手伝いがしたいものです」若い頃より力仕事ばかりの手伝いで、母の背骨は、相当のダメージを受けていたのでした。亡くなる直前まで父の作品の一番厳しい批評家だった母特にその頃が懐かしく思えたのでしょう。これだけの作品を我が家に残せたエネルギーは、その言葉に集約されているように思えます。

 

写真:工房にて 峰松忠治氏撮影 平成5年

実に多くの出品作品が半世紀近くも、我が家に残っておりました。これまでも企画展や回顧展で我が家にトラックが横付けされて、大量に搬出されることもありましたが今回の佐賀県への寄贈に関しては、もう二度とこの家に戻ってくることはないのかと思うと、両親をこの家から送り出した時の記憶と重なり、涙がこみ上げてきました。

これまでの父の仕事を、連綿と続く有田の歴史の流れの一つと捉え、次世代の作家に確実に受け継がれることを願い、またいつでも鑑賞してもらうことができるよう我々兄妹は佐賀県立九州陶磁文化館に寄贈いたしました。現在は作品の下図とともに展示されております。みなさんも是非お出かけください。

 

 

 

第一話  『父 青木龍山』 独立から結婚まで
第二話  『父 青木龍山』 陶芸作家としてのめざめ
第三話  『父 青木龍山』 日展初入選から龍山窯の誕生
第四話  『父 青木龍山』 特選受賞
第五話  『父 青木龍山』 二人三脚
第六話  『父 青木龍山』 龍山と有田のまち

 

 

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最終更新 2011年 10月 05日(水曜日) 13:05
 

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